『お知恵とお力を貸していただきたい』
〜永田老師との出会い〜
 
 

 神戸市 瀧本 孝   

 
 

 

 私と宗鏡寺(すきょうじ/通称「沢庵寺」)のご住職・永田豊州老師との出会いは、今から三十数年前の雪降る寒い日でした。

 新聞社の激務で心身ともに疲れ果て、郷里でしばらく休養しようと汽車に乗り、バスで出石町に着くと、何かに引き寄せられるかのように私の足は宗鏡寺へと向かっておりました。

 雪が三十センチも積もり、寺には人影もなく静まり返っていました。

 案内を請い、本堂の拝観を済ませ、縁を歩いていた時のことです。

 「どなたじゃな」

 と声がかかりました。声の主が、この寺の住職である永田老師であろうということはすぐに想像できました。

 「新聞社の人です」

 と案内をしていただいた女性が答えると、

 「雪の日に奇特なこと、こちらに通りなさい」

 と言われ、私はそのお言葉に甘えて老師の部屋へと導かれました。机に向かって何かの書物をされていた老師が、くるりと振り向きしばらくじっと私の顔を見ておられました。そして、

 「大分お疲れのようだな」

 と言われました。まるで私の心を見ぬくかのようなその言葉に促されるまま、今の心境を話し始めていました。会社の発展のため、また自分の功名心のために全力投球を続けてきたが、それに疲れ果て、場合によっては自らの命をも絶とうと思い故郷に戻ってきたことなどを正直に話しました。どれだけの時間が経ったのかもわからないまま夢中に話していましたが、老師はじっと耳を傾けてくださいました。

 私が話し終えると、老師はやおら棚にあった高級ウイスキー「ジョニ黒」を取り出し、グラスに注いでだまって私の前に差し出されたのです。

 「私はきょう、誰かが訪ねてくるような予感がしてな」

 と老師に言われ、すすめられるままグラスのウイスキーを飲みました。何ともいえない味が全身に染み渡り、すさんだ心を和らげてくれるかのごとく、何かしら大きな力を知らないうちにいただいたような気がしました。その後は堰を切るかのごとく、聞かれるままに悩みを打ち明けていました。

 一つ一つうなずきながら聴かれていた老師ですが、今度はご自身の禅の修行について語られ始めました。かねてより、永田老師は「現代の沢庵」と言われるほどの高僧と聞いていましたので、私はまたとない機会をいただいたことをうれしく思いました。禅の教えから人生についての法話を拝聴でき、時の過ぎるのを忘れた次第です。

 最後に老師は、人との交渉で最もむずかしいのは寄付をお願いする時だと言われ、その時の口上として「お智恵とお力を貸して頂きたい」と話すのが最も効果的であると教わりました。

 後日、体調が回復し、また仕事に戻ることができましたが、スポンサーとの交渉などでその言葉を使いますと、不思議なほどにうまくいく事が多く驚きました。

老師が言われた「お智恵とお力を貸して頂きたい」という言葉は、仕事に疲れ、生きることに望みを失いかけていた私への警策だったのでしょう。まずは自らが裸になって事に当たってきたか、小利にとらわれて大切なものを見失っていないか、突詰めて行くと自らの姿勢、自らの責任を問う言葉だったのです。会社の発展、功名心、すべてがまわりから良い評価を得たいという意識の表れでした。老師の「どなたじゃな」という言葉には、さ迷う私へ内に秘める自らの生きる力を自覚させる警策となり、その言葉は脳裏の奥深くにしっかりと刻まれています。

雪降る寒い日の思わぬ出会い、そして、温まる言葉に秘められたかけがえのない教え、ドラマティックな一コマ一コマが、私の生涯の忘れ得ないものとなり、泉下の老師に感謝の念は尽きません。

ご冥福をお祈り続ける日々です。

(たきもと たかし)
 
 
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