〜生きる喜びを描き続けるYさん〜

「一寸先は闇」と言われるとおり、人生思いもかけない不運に見舞われることがあります。そのような時にでも心を開き、自らの責任において自らの生きる道を選ぶことができるでしょうか。但東町にお住まいのYさん(70歳、男性)は、今から約19年前に乗用車を運転中に交差点で衝突事故を起し、その後遺症で半身麻痺となられました。勤め先を定年で退職され、これから新たな人生を歩もうとしていた矢先の事故でした。おそらく言葉には出せない苦しみ、悲しみ、絶望を感じられたことでしょう。寡黙で温厚なYさんでしたが、言語障害もあることから、「自分の意思が通じないと大きな声をだすこともあった。」と、奥さんは当時を振り返って言います。
そんなYさんの苦しみを救うかのごとく、ある出会いがありました。それは、重度の障害ながらも口に加えた筆で素晴らしい絵と詩を描き続ける、星野富弘さんの著書でした。自分よりも重い障害を伴いながらも口にくわえた筆で描かれる絵には、大自然の生命が満ち溢れていました。これに感動したYさんは、自分も描いてみようと始められました。色鉛筆などを使いながら、星野富弘さんの絵を真似たり、身近な花などを題材に描いておられます。Yさんを励ましたものにもう一つ、星野富弘さんの次の詩があります。
一日は白い紙
消えないインクで
文字を書く
あせないペンで
色をぬる
太く
細く
時にはふるえながら
一日に一枚
今日という日があるから
楽しく書ける
ある日突然に重度の障害を伴ったときの絶望感、さらに、それを自分自身が認められないゆえの苦しみ、悲しみが絶え間無く続きます。おそらくYさんも同じ経験をされたことでしょう。しかし、「過ぎ去ったことはもう仕方がないじゃないか。それよりも、私はまだ生かされている。この命を大切にしなければ申し訳がたたない。今、きょうの人生を塗りこんでいこう、だから一日は白い紙と星野富弘さんは言われたのだ。」と、Yさんは今も絵を描き続けています。「今日という日があるから、楽しくかける」という星野富弘さんの励ましを胸に、事故に遭い半身麻痺の障害者となっても、今確かに生きている、そのことへの感謝にほかありません。
「砲弾の飛び交う中に咲いていた
倒れている兵士の横に咲いていた
人の世の騒がしさに
ほんの少しゆれて」
Yさんが描いたジャーマンアイリスの絵に書き添えられていた詩です。自分の命も、他人の命も大切にしてほしいとの願いにも聞こえてきませんか。
いとも簡単に人の命を奪ってしまう殺伐とした今日、そしてイラク戦争では多くの人々の命がきょうも奪われています。「一日は白い紙」、だれもがきょうの命を白い紙に描きながら生きています。けっして未来の絵は書けませんが、夢と希望は描けます。みんなで幸せになれるようにと願いながら。感謝。
※山陰東教区発行「教区報」(平成15年6月1日発行)に掲載