縁ありて生まれ
縁によって変わる

  〜不思議なつながり〜

 但馬といえば、誰もが「自然が豊かな地域」と答えます。でも、自然とともに、自然のなかで、自然の恩恵を受けて、自然に感謝する暮らしは薄れつつあります。炭焼きなど山での生産活動はなくなりました。山奥の田んぼもなくなりました。川の護岸はコンクリートで固められ、川を利用し、遊ぶ子どもの姿もありません。
 手つかずの自然が多いということも、自然が豊かであるといいますが、人が暮らす「まち」という点では、むしろ自然と共生する暮らしこそ、豊かな自然といえるのではないでしょうか。
 私たちは、この自然をはじめ大きなはからいの中で暮らしています。多くの恩をいただいて生きています。父と母に育てられ、大自然のめぐみを受け、社会に支えられ、祖先のめぐみを受けています。
 お釈迦様は、「雨が降るのも、風が吹くのも、花の咲くのも、葉の散るのも、すべて縁によって生じ、縁によって滅びる」と教えられました。つまり、みな縁(条件)によって生じ、縁によって滅びるというのです。
 私たちは父母を縁として生まれ、食べ物によって命をつなぎ、社会のなかで経験と知識を学びました。
 さらにお釈迦様は、「網の目が、互いにつながりあって網を作っているように、すべてのものは、つながりあってできている。網の目は、ほかの網の目とかかわりあって、一つの網の目といわれる。網の目は、それぞれ、ほかの網が成り立つために、役立っている。」と、
 縁という不思議なつながりを説かれています。
 昨今、人の生命をもてあそぶがごとく、悲痛な事件が続いています。「…のに、何もしてくれない」、だから家庭から、社会から逃れようとしていました。あまりにも自分自身への執着心が強すぎたのでしょう。
 縁によって生まれ、縁によって滅び、大きな恩のなかで生かされていることを、私たちは次の世代へ確実に伝えなければなりません。
 お釈迦様はこう言っておられます。「父母を喜び敬うものの家は、仏や神の宿る家である。」、と。