2007年7月アーカイブ

里山防災林整備

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9780879f.jpg 今夜、村の集会所で「里山防災林整備」に関する説明会がありました。これは、平成18年度から兵庫県が導入した「県民緑税」を財源に、「集落の裏山を対象にした森林整備に併せて、簡易な防災施設(木柵工など)や管理歩道などの整備を行い、里山の防災機能を高める」というものです。この事業が、栗尾で行われます。この村は、背後に郷路岳(620㍍)を控え、平成16年の台風ではこの山を源に大量の水が村を流れました。「ゴーロー」という名だけに、石がゴロゴロした山で、普段は地下に水が流れており、大量の雨がふると表面に吹き出してくるような土地です。しかし、この事業では治水工事ができるほどの事業枠はなく、あくまで森林整備が主で、これにより災害を最低限に抑えていこうというもののようです。
 寺の裏山には、杉が植林されていますが、本堂などにきわめて近い所まで植えてあるため、この機会に伐採して落葉樹などを植栽してほしい旨、要望を伝えておきました。
 今夜いただいた資料の表紙を掲載していますが、下段の写真でバックのなだらかな曲線を描く山が郷路岳で、ほぼ中央の植林の際にあるのが寺です。

お盆を控えて…

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 7月も残すところあとわずかとなりました。8月に入ればすぐに施餓鬼会の荷担があります。当山も7日が施餓鬼会のため、今は掃除やら準備やらで何となく落ち着かない日々です。28日(土)は、石段の草刈りをしました。しばらく放置状態でしたから草は伸び放題。久しぶりにスッキリしました。 
 夕方には教化主事さんと「教区報」の校正を行いました。8月かかりには配布できるかもしれません。
 29日(日)は、午前8時から兼務寺院の境内を、檀家さんたちが総出で剪定や刈り込み、掃除に汗を流されました。私は、昨日に引き続き当山の境内掃除をしました。投票にも行きましたよ。
 蒸し暑い一日でしたが、その暑さを際だたせるかのように、オニユリが満開です。

松禪寺報発行

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 やっとのことで「松禪寺報」第25号を作成しました。今年は、例年ですと2月か3月に発行しているのですが、今年は諸々の用事で発行できませんでした。今回も、わずか4頁の簡単なものですが、施餓鬼や棚経のお知らせが重要であり、何とか作成することができました。
 しかも今回は、wordや一太郎ではなく、Adobe社のInDesign(ただしバージョンは初期のもの)を使って作成しました。慣れるまでは使い方がわからず、作業もなかなか進まず、よって4頁という簡単なものになりました。次回からは、もう少し早く作業を進めることができると思います。配布は、これからになりますが、ひとまずはやれやれです。

15a2486a.jpg 昨日は梅雨明けを思わすような快晴でしたが、きょうは次第に暗くなってきたかと思えば雨になり、夕方にはかなり強い雨でした。帰り、車に乗り込むまでに相当濡れてしまいました。草花も雨に打たれて、じっと耐えているかのようです。
 夜は、月例の坐禅会でした。雨もあがり、静かな夜、静かに想うひとときです。

嵐の前

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 台風の接近にともない、雨も時折激しく降ります。
 きょうは、四九日の法要と納骨がありましたが、午前中は比較的静かな模様で、墓地は当然びしょ濡れの状態ではありましたが、無事終えることができ皆さんもホッとした樣子でした。 
 今夜は、兼務寺院の檀信徒総会があります。今夜から台風が近畿に接近するとの予報ですから少し心配ですが、なるべく早く終えて帰るようにしたいと思います。

 きょうの写真は、浴衣を着たモモです。姪っ子が買ってきてくれました。姪っ子は、小さいときから生き物大好きな子でした。なんでも「かわいいー」と言ってはかわいがる子で、亀などは未だ健在の樣子。イノシシの干支の置物をしっかり抱いてすましている小さい時の頃の写真は、いまも笑えます。今は、大阪でペットショップに勤めていますが、そこで買ってきてくれたものです。
 少々太めの女性ですので、いやモモですよ、ちょっとピチピチですが、似合っていますでしょ。

和紙のかばん

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 日本古来の紙といえば、和紙です。薄くかつ強靭で、寿命が比較的長く、風合いが美しいとされるのが特徴ですが、生産性が低いためか普段の暮らしのなかで使うのは和紙ではなく、洋紙ばかりです。そのためか、高級っぽいイメージもありますね。

 そんな手漉き和紙を使った「ワカバン展」が、和田山の「宇沙戯舎」(うさぎや)さんで開かれています。10日の神戸新聞但馬版にも写真付きで紹介されていましたので、ご覧になったかと思います。「ワカバン」と聞いて、勝手に布製のものを想像していましたが、みれば紙製です。内側には布が縫い付けてありますが、外側はすべて和紙です。「破れないの?」、「濡れたらおしまい?」と、だれもがこの質問をしそうですが、和紙にコンニャク糊をすり込んであるため、水に濡れても大丈夫だそうです。破れないかという質問には、「Inspiblo」というホームページにワカバンのことが書かれており、これを読んで納得ですが、破ろうと思えば破れるわけです。つまりは、普段の使用上においては何の問題もないということなのでしょう。

 この「ワカバン」は、ハタノワタルさんというご主人が和紙を漉き、奥様のハタノユキさんが作っておられるそうです。宇沙戯舎さんでは、このワカバン以外にも封筒や和紙も売られ、私は封筒を買い求め、過日の薬師祭コンサートのお礼をこれに入れて差し上げたのですが、とても喜んでいただけたようです。

 で、写真に写っているものは、もちろんこの和紙で製作されたものですが、ハタノさんのものではなく、Mikaさんのオリジナルです。和紙の色と裏地の布、そして紐がベストマッチです。

 さあ、これに何を入れようかな?。このようなカバンや袋物は、大好きです。何を入れて使うか、どう使うか、考えるだけでも楽しいです。

薬師祭 無事円成

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b1bcadb2.jpg 恒例の薬師祭が無事円成と相成りました。天候が心配されましたが、一滴の雨粒も落ちることなく、夏ツバキとネジバナが咲く境内で、ゆったりとした半日を過ごしていただいてのではと思います。祭りの詳細については、「珍念雑記帖」をご覧ください。
 盆前の大きな行事もこれで終わり、少しホッとしています。ご協力いただいた皆様には、一々お礼を申し上げませんが、お世話になりありがとうございました

グロリオサ

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b8aed1bd.jpg グロリオサが咲き始めました。アフリカが原産とのことですが、なるほど派手な色ですし、キツネユリの別名からもわかるように、形も変わっています。梅雨明けも近いのでしょうか。

ねじばな

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6399f716.jpg 今年も本堂前の芝生の中で、ねじばなが咲きました。ピンクの小さな花が螺旋状についています。別名「捩摺」(もじずり)ともいうそうですが、なぜ、ねじれているのでしょう。ウェブ上を散策していたら、一方向にたくさんの花を付けたら根が傾くので螺旋状に花を付けたとか、すごいですね、それが事実なら。小さな花がそれぞれに、全体のバランスを考えて自分の咲く場所を考えているなんて、とても愛おしいですね。
 我も我もと自分の立場や利益だけを考えがちな人間とは違い、全体のなかで自分の立場を考え、そのなかで果たすべき役割を務める姿こそが美しいです。

心配

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 「心配」とは、心を配ると書くから、「うまく運ぶように気を使って手配すること。」という意味もあるそうな。毎日の暮らしの中で、常に心配事があり、苦しみが訪れたりするが、前日の「無所有」の話ではないが、何かを持ったから楽しみもあるが、また不安や苦しみも持つことになる。子どもが欲しいと思い、子どもができたならば、この子の健康のことや将来のことが心配になる。彼女が欲しいと願い、彼女がいざできたならば、本当に愛してくれているだろうか、浮気はしないだろうかと心配になる。でも、欲しいと思ったのも自分であり、幸せになることを願ってそれを求めたならば、楽しみと苦しみは二つで1セットということになる。「楽しみだけいただければ、心配事は入りませんので」とは、言えないのである。もれなく付いてくるオマケのようなものだ。
 とは言うものの、心配や苦しみは少ないに越したことはない。楽しみなどにもれなく付いてくるのであれば、むしろその心配事に向き合うこと、逃げないことも大切かもしれない。つまり、より多くの楽しみ、苦しみ、心配事を経験することにより、我々は一回りも二回りも大きくなれる、人間として成長できることかもしれない。
 下手に心配事を取り除くと、それは楽しみを奪っていることにもなる。だって、何も持たず、何人とも関わらなく生きることなんて、人間には無理なことだ。

無所有

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 韓国の禅僧・法頂(ポプチョン)和尚の著「無所有」(東方出版発行)は、1976年に刊行された随筆集で、大ロングセラーになっているそうです。五木寛之著「21世紀仏教への旅・朝鮮半島編」を読んでいたら、法頂和尚との出会いが書かれていました。恥ずかしながら、これまで全く知らなかったわけですが、中学校の教科書にも採用されたことがあるそうですから、知らなかったのは私だけかもしれません。今回は、この『無所有』(むしょゆう)と『すべてを捨てて去る』の2冊を買い求めました。
 書き出しには、「必要に迫られていろいろな物を持つようになるが、時には、その物のためにあれこれと心をわずらわすことになる。」と始まります。何かを持つことは、何かに囚われることだから、より多くの物を持つと、それだけ多くのものに縛られることになると。
 元々、私たちが生まれながらに所有している物は、何もないわけですが、そう、必要に迫られて所有物が増えていきます。時には、必要のない物まで所有したり、より多くの物を抱え込もうとしますが、大切な心を失うことが多いようです。不必要な言葉を口にしたり、疑いの念を抱いたり…。
 生きるために必要な物とは何かも問われています。

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 ある日のmi-kaさんのblogを読んで、いい話だなあと思いweb上を探してみたら、ありました。「ハチドリのひとしずく~いま、私にできること」(光文社発行)です。南米アンデス地方に伝わる話で、その内容はmi-kaさんのblogに譲るとして、ハチドリは、鳥類の中で最も体が小さく、体重は2~20g程度とか。きょうのNHKのテレビでは、高感度カメラで撮影されたハチドリを放映していました。空中で静止するホバリングを得意とするのですね。長いクチバシで花の蜜を吸うために、ホバリングは絶対に欠かせないわけです。名前の由来は、小さいからだけではなく、「ブンブン」と蜂のような羽音を立てるためだそうです。英語では、ハミングバード(Hummingbird)というそうで、そういう名前のギターがあったなあと。
 まあ、そんな小さな鳥が、山火事という参事に水を運ぶこのお話、「私は、私にできることをしているだけ」という言葉で終わります。これが、この話の凄いところですね。この言葉の後は、我々が考え作り出す必要があります。ハチドリが言った、「私にできることを」の言葉の意味です。火事のなかを水を運んだ英雄物語ではないと思います。
 人に何を言われようが、批判されようが、馬鹿にされようが、今の自分が果たさなければならない責任を問われているような気もするこの言葉、ぜひ皆さんもこの言葉に触れてほしいと思います。

 

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